今週発売のELLEは60周年記念。1945年11月21日、今週はまさに11月21日月曜日で、ぴったり60周年記念号というわけでしょう。で、20歳が3回で、表紙はレティシア、ソフィー、モニカの3種類があるようですが、月曜朝駅のキオスクでは選択肢もなく、まだ眠そうな売店のお姉さんが荷を解くところソフィー・マルソーのを奪うように買って、電車に飛び乗りました。イエネ、キオスクの棚には先週分表紙ドヌーヴとヴァレリー・ルメルシエのがまだタップリつんであって、先週買わなかったので、やや逡巡しましたが、それに特集は分厚いのでヤダナと思いながら、買ったんです。
60年の回顧は勿論だけれど、面白かったですよ。
“週間ニュース”はアメリー・モレスモのロサンジェルスでの優勝をトップに、情けなくもコミックな先週のPS全国大会にかけて代表フランソワ・オランドをチキン・リトルと比較したり、ヨルダンでの女戦士カミカゼの写真も出て、J.P.Gのファッションショー写真もグレングールドの偏執狂癖を解説したりという総合文化雑誌としてのヴァリエーションある内容。日本だと、ファッション雑誌の面が強調されていると思うけれど、結構硬派なのよネ。中にはややヤラセ風に、アンヌ一家が一週間のうちに、家族中でELLEをどう回し読みするかも描かれてるけど、まんざら嘘でもないでしょう。ELLE好みの女性たちが全編に散りばめられて、元気いいです。
60年とは戦後史そのものでもあり、ずっと女性に注がれてきた眼差しの「我々の本当の自由」というページでは、<女性を前進させた出来事>と<すごいニュースだけど皆あまり語らない>(分り易くいうと<裏ニュース>)、を抱き合わせて綴ってるのがあってペラペラペラとページをめくると結構可笑しくて...
(訳文)
1945年:女性に初めて選挙権が与えられる。男性は女性に対しそれまでと違った見方をするようになった。<裏ニュース>タッパー・ウェアーの発明により、女性は宴会バイキングの残り物に対しそれまでと違った見方をするようになった。とかね、細かなジョークを全て伝えられないけど次のように続きます。
’46年:ビキニが登場して大騒ぎ <裏>ミレイユ・マチューがアヴィニョンで羽ばたく/ ’47年:クリスチャン・ディオールがニュー・ルック発表 <裏>P&Gサンホームがゴム手袋を発売/ ’49年:シモーヌ・ド・ボーボワール『第2の性』出版 <裏>ヌテラがイタリアで登場
’50年:クレジットカードの発明/ ’51年:『欲望という名の電車』でマーロン・ブランドがまだフランスでは珍しいTシャツ姿で登場/ ’52年:“無痛分娩”が可能 <裏>エリザベス二世イギリス女王誕生/ ’53年:女性飛行士が初めて超音速の壁を破る/ ’54年:無名の新人小説家フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちわ』で文壇にガール・パワーを吹き込む <裏>家電展示会で研究室のような台所から、主婦がカウンターを隔ててサロンと一体のアメリカンキッチンへ/ ’56年:使い捨てオムツの発明<裏ニュース>キュロットスカートの登場 / ’58年:第5共和国は男女雇用平等を提唱 <裏>パンティストッキングの発明/ ’59年:ルイズ・シコン1歳マドンナと呼ばれる <裏>バービー人形誕生
’60年:アメリカで避妊ピルの発見 <裏>フランスでイギリス刺繍が発明され大流行/ ’61年:グルノーブルで初の家族計画センターが開設 <裏>ジョージ・クルーニー誕生/ ’63年:女性初宇宙飛行士誕生 <裏>フランスに巨大なハイパー・マルシェ登場/ ’64年:ビートルズのオリンピア公演/ ’65年:マモグラフィー実施も92年迄その信頼性は確かでない <裏>ミニスカートの登場―つまり女性の太ももも登場/ ’66年:アメリカで女性解放運動はじまる、インドで女性初ガンジー首相登場 <裏>『デモアゼル・デュ・ロッシュフォー』封切 ’67年:「1920年7月31日施行堕胎禁止」が廃止される/ ’68年:ノンブラが流行 <裏>「ヘアー」がブロードウエイで大スキャンダル、ほどなくフランスでもジュリアン・クレールが同ミュージカルでのパンツ姿を舞台で見せる/ ’69年イスラエルに初の女性首相誕生
’70年ELLE主催で初の女性集会が行なわれ、女性に子供を持つ選択を求めた <裏>ELLEの料理集も大人気/ ’71年:冷凍食品メーカー“ピカール”最初のカタログ発表/ ’72年:アメリカでプロザック開発、フランスではミッシェル・ポレナレフのお尻が女性を高揚させる/ ’73年:いよいよ≪無痛分娩≫について語れる <裏>「ラスト・タンゴ・イン・パリ」上映/ ’74年:フランソワーズ・ジロドーが女性としてフランスの書記になる <裏>ブリジット・バルドー40歳 / ’75年:何年もの悲痛な戦いの末やっとヴェイユ法が通り堕胎が法的に認められる <裏>ファッションモデル用にストリングスが開発されるが一般への普及は90年後半/ ’76年:「チャーリーズ・エンジェル」ファラ・フォーセットの髪型がブラッシングの限界を極める <裏>「ウイン・ブルドン決勝」ビヨルン・ボルグの髪型が限界を極めてグチャグチャニなる/ ’77年:シェール・ハイト報告、女性の性に関して4年間3000人に及ぶ調査/ ’78年:ブラッド・ピットの誕生意外は特別な出来事はない/ ’79年:メールテレザノーベル平和賞受賞
’80年:マルグリット・ユルスナールが女性初アカデミー・フランセ―ズ入り <裏>ソフィー・マルソーが仏映画界初の思春期スター人気第1となる/ ’81年:チャールズ王子とダイアナの結婚/ ’82年:仏初の試験管ベイビーアマンディーヌ誕生/ ’83年:ローランギャルスでヤニック・ノアールが優勝、彼のショートパンツからのびる脚のイメージが深く女性の潜在意識の中に刻み込まれた <裏>労働における男女平等法の172回目の投票が行なわれる―第5共和国の息の長いギャグ/ ’84年モナコのステファニー王女が愛人を変えた。これより一連のゴシップが始まり頂点はデュクリエ事件である <裏>マルグリット・デュラスが「愛人」でゴンクール獲得、モナコ王室のスキャンダルとは一切関係ない/ ’85年:キム・ベイシンジャーが『9週間半』で台所の別な使い方をする <裏>メリル・ストリープが『アウト・オヴ・アフリカ』で新しいシャンプーの仕方を見せる/ ’86年:レ・ディム・アップ―ガーターレス・ストッキングが流行(すぐ落っこちる)、セックスライフの刺激となる(すぐ落っこちる)<裏ニュース>ステファニー・ド・モナコが以前別の歌手が歌った歌のレコードを出す/ ’87年:マドンナがジャック・シラクに自分のパンティーを贈る、これが女性の前進をもたらしたかというと、これからストリングスの時代が始まる <裏>ステファニーがマリオ・ジュターに出会う/ ’88年:113歳ジャンヌ・カルマンは長寿世界一となる。仏女性の平均寿命を塗り替える <裏>グロリア・ラッソが9回目の結婚を果たし、女性の結婚記録を塗り替える/ ’89年:コンドームの確実性が推奨される <裏>カルソンが大流行、しかし、神のお陰で長くは続かなかった
’90年:大西洋横断、ラム・ロードとフロランス・アルトーが男世界のヨットで記録の天井を破る <裏>『プリティー・ウーマン』でジュリア・ロバーツがゴールド・カード限度額の天井を破る/ ’91年:エディット・クレッソンが仏首相になり、女性は誇らしく満足に思う(少なくとも1週間は)/ ’92年:マリー・ジョー・ペラックが金メダル、皆彼女の脚はもっていないが町でのスニーカー着用が流行る <裏>シャロン・ストーンが脚を組んだら、パンティーもストリングスも流行らなくなった/ ’93年:ワンダー・ブラ登場/ ’94年:ジョージ・クルーニーが『URGENCE』のロス医師役で看護婦になりたい人が爆発的に増えた/ ’95年:国連最新宣言≪女性の権利尊重は人類の権利尊重と同等である事≫を最終確認。ノン、ノン、今は1395年じゃないのよ <裏>ヒュー・グラント最新告白は売春婦と捕まった後で≪彼女から始めたんだ≫お笑いだわ/ ’96年仏初の女性宇宙飛行士がELLEのTシャツを着てみせる <裏>ステファニーの夫が浮気した相手はTシャツを着なかった/ ’97年:クーロン羊ドリー誕生は、男性なしの生殖をイメージさせたが、それは前進だろうか? <裏>レーザー脱毛は極限まで発毛を防ぐが、その痛い事、高価な事といったら...皆気に入ってる/ ’98年:高齢者男性はヴィアグラの発見によってセックスの喜びを取り戻した。ガミガミばあさんたちは残念にも30年来の平和な夜だったのに、一晩に8回は辛く離婚を頼んだ/ ’99年:女性用コンドームはひとつの革命といえるが、ELLEでも試験した <裏>13cmヒールのミュールは裸足で冬に、ELLEでも試験した
’2000年:男女同権法は女性を政治に導いたが、あとは仕事を待つばかり <裏>≪男性避妊ピルは、100%の確率で、危険がなく、近々売り出される≫研究者の発表があった。我慢強く待ちます/ ’01年:『売春婦でなく服従でなく』運動が大成功の日の目を見た/ ’02年: ピガールにあったセックス・トイはソニアリキエルで買えようになった。こうなるとイメージが変わる <裏>滑らかセラミックはどこでも手に入らなかったのに、モノプリで手に入る。女性をブラッシングから開放し、世界が変わる/ ’03年:メトロセクシャルというコンセプトは大成功;これは女性がコレットで男を非違ずり回す口実である <裏>一方が女性化するともう一方は男性化する女性にはストリングスに変わって浅いボクサーが大流行/ ’04年:避妊パッチ販売開始 <裏>ジュード・ロー独身。女性は避妊パッチを外す間もなくシンナ・ミラーが戻る/ ’05年:南アフリカ共和国で暴行者を捕まえるステンレスの爪が開発されたが、女性擁護者も姿を消した <裏>Canal+放送≪デスペライト・ハウスワイフ≫は主婦の恐ろしい行動を描き、男性は残業をしたくなる。女性擁護者も姿を消す。
付け加えるとね、世界長寿のジャンヌ・カルマンさんはアルルの女。’96年に122歳でこの世を去ったの。特別養護老人ホームの担当医師は彼女について本も書いててね。120歳の時のニュースが忘れられないワ。幾つかの質問を担当医が彼女にするのだったと思うけどとどめのひとつ。
質問:ジャンヌ・カルマンさん、あなたにとって人生とは?
ジャンヌ:人生は戦いだ。
感動しましたぁ!
彼女の父はアルルで布地屋をやってて、ヴァンサン・ヴァン・ゴッホ(1888年2月~1889年5月頭迄アルル在住)はそこの客でもあったらしい。キャンバスの画布を買いに来ていたらしいの。彼女の人生は20世紀そのもので、最初の映画を観、最初の自転車に乗りという具合。商家の娘、ブルジョアのお嬢さんネ。その人にしてこの言葉、重みを感じます。
1945年ELLEが始まった時、彼女は既にして71歳! ELLEはフランスでは広年齢層で読まれるけど、それにしてもこのお年だとちょっともう、読まなかったかナ?